2016年1月5日火曜日

新たな気持ちで・・・

新年、あけましておめでとうございます。本院は昨日から仕事始め、私は今日から仕事始めです。
正月休みはいかがでしたか? よき“一年の計”になったでしょうか。私は、とても気持ちよく新年を迎えることができました。その理由は、のちほど書きます。

 
ブログ本文に移りますが、新年草々から添加物について書くのも湿りがちです。そこで、加盟店向け刊行誌「NEWS LETTER 新春号」に寄稿したコラムを、今回と次回の2回に分けて転載します。
「勉強と仕事」というタイトルです。


昨年の後半は、私にとって意外な展開になった半年でした。
7月、上海加盟店へ実技研修の出張に出向きました。通訳はいたものの、やはり直接コミュニケーションが取れないことへのフラストレーションが溜まりました。そこで帰国後、今後の中国語圏への拡がりも視野に入れて、中国語の学習を始めました。

11月、ふたたび上海へ。付け焼き刃ではあるものの、学んだだけの単語を駆使して臆せず会話に挑戦。今さらながら、言葉が通じることの喜びを実感した瞬間でした。もちろん4か月なりの中国語なので、“通じた”といえるほどのレベルではありません。今年は、このレベルを上げていこうと考えています。

さて、先日テキストを読んでいると、「勉强(ミャンチァン)」という単語が出てきました。强の字が日本の漢字と若干異なりますが、意味も少し違って「無理強いする、強制する」ことを指します。「強」は「強いる」でもありますから、その意味でも不自然さは感じません。こう考えると「勉強」というのは、そもそもは強制されるもの、義務としてやるもの、仕方なくやるもの、という認識が長かったようです。

 思い起こせば、昔経験した期末試験の勉強とか受験勉強は、私にとっては強いられる勉強以外の何ものでもありませんでした。苦痛で苦痛で、試験のたびに苛まれていたのを記憶しています。それはそれで、社会に出るために必要な通り道だったのでしょうけれども。

しかし、社会に出てからの勉強までもが命令とか義務でやるのであれば、寂しいかぎりです。大人になってからの勉強、いや学習は、自分の意思で、自分の学びたいものを、自分に合ったペースで、そして楽しくやりたいものです。私が琉球温熱の世界に入って(まだまだ不十分ながらも)学習し続けてきたのは、ただ好きだったからにほかなりません。

この4月からは放送大学の科目を受講します。大学とはいっても学習したい科目のみを選択するもので、どちらかというとカルチャーセンターに近いかもしれません。が、28年ぶりに学生の肩書きが与えられることに、今から心おどらせています。
(次回につづく)

その放送大学の合格通知書が、大晦日に届きました。もっとも入学試験があるわけではなく、正規の事務手続きを行えば誰でも“合格”できます。












こういうわけで、気持ちよく年を越せました。
そして、新たな気持ちで学習する一年が始まりました。

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